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「ざる」VS「もり」 [教養]

朝は気温が低かったが徐々に温かくなって昼は久しぶりに「そば」でした。
ところで、そばには「ざるそば」と「もりそば」がありますがどう違うのかしってますか?
場所や店舗によってそれぞれに違いがあるみたいです。一般的に「ざる」は海苔が乗っていて「もり」は海苔が無いようです。「ざる」は高級感をだすためわさびを付けたり焼き海苔にしたりまたつゆは質の良いかつお節で出汁をとり、『もり』のつゆでは質の落ちるかつお節を使うなど違いがあるようです。
で、老生は腹が空いている時は「もりそば」を専門店だと「ざるそば」をてな具合ですかな。
要は明確な違いを付けている訳ではなくその時の気分だね。あははは・・・
ただ、そばの食べ方にあでもないこうでもないと語る亭主だと椅子を蹴飛ばして出て行くね(寿司屋に多いようだ)。

ロケットVSミサイル [教養]

隣の国でぶっ放すロケットやらミサイル話題になっています。
そもそもロケットやらミサイルの違いはと聞かれたら正直まともに答えられますか?
「ロケット」とは、搭載した燃料と酸化剤を燃焼させて後方にガスを噴射することによって推進力を得る装置や、装置を搭載した機体のことです。
推進装置は「ロケットエンジン」とも呼ばれ、外部から取り入れた酸素を燃焼に用いる方式の「ジェットエンジン」では不可能な、真空の宇宙空間でも推進力が得ることができるため、人工衛星や宇宙探査機の打ち上げに用いられます。
「ミサイル」とは、推進装置と誘導装置を持つ軍事兵器を指すことが多く、日本語では「誘導弾」や「誘導飛翔体」「誘導ミサイル」などとも呼ばれます。
「ミサイル」の推進装置にも「ロケットエンジン」が用いられることが多いですが、誘導装置を持たないロケット弾、ロケット砲などは「ミサイル」に含まれない場合が多いです。
以上
だから危険なのはミサイルで飛翔体と呼ばれているもの!
子供の頃、鉛筆のキャップにセルロイドを詰めて点火して飛ばして遊ぶ(この遊びは危険だから禁止。だから作り方は記載しません)のが流行ったがこれは鉛筆キャップロケットと呼ばれた(余談)。

民主主義ってなんだ? [教養]

■夢トークinやまぐち「民主主義ってなんだ?」
講師】作家・明治学院大学国際学部教授 高橋源一郎 氏
【日時】10月15日(土)13:30~15:00
【場所】山口セミナーパーク 講堂
に行ってきました。
講師の方には申し訳有りません。久しぶりのセミナーだったので少し眠たくなってしまいました。
今回のセミナーは講師の話してる言葉をパソコンで打ち込んでスクリーンに写しこんでいた。
難聴の方に配慮しての主催者側の計らいでしょう。
とても良いことだと思います。
で、民主主義って何だったけ?
あははは

本を購入 [教養]

秋の夜長用にと本を3冊購入した。
 1.文芸春秋「1000億円を動かした男 田中角栄 全人物像」
 2.正論SP「日本憲法100の論点」
 3.WiLL 10月
雑誌は特に意図したものではないが、JCBの図書カード3000円分を貰ったので活字の多いものとした。
特に、近日田中角栄に関する本が多く並べられているので、どうやら角栄さんのような政治家の出現を期待しているような風潮なのでどんな人物だったのかを知るために購入した。
安倍総理になって憲法改正の話も盛んに出るようになったので日本国憲法は何が問題なのかもっと知っておかなければならないからね。WiLLは定期購読書。
我が市には残念なことに本屋がない。仕方ないから山口市まで出て購入しなければならない。最近は読書しても全く記憶に残らない直ぐに忘れてしまう。しかし、何度でも読みなおせば倍以上得しますよ。
秋の夜長は直ぐそこにまで来ている。本でも読んで楽しみますか。
あははは

山口ひとものがたりセミナー [教養]

今日はきらり山口ひとものがたりセミナー「維新黎明期の人々」(全2回)でしたが、完全に忘れていて昼前になってカレンダーに書き込んであるのを思い出し急いでセミナーパークに出かけました。
今回は「末松謙澄と伊藤博文」で講師は直木賞作家の講師の古川薫先生となっています。
源氏物語の最初の英語訳を行ったのが末松謙澄ですが、今日は源氏物語ではなく明治維新全体の歴史を纏めた一級資料『防長回天史』がメインです。源氏物語を主体にしないで毛利家の文書を中心に編纂された幕末・明治維新史である(全12巻)を中心にするところが山口県ですね。末松謙澄の奥さんは長州人ですが末松謙澄は備前・行橋の出で有るから、『防長回天史』を編纂するにあたっては可成りの抵抗があったようです。
勉強になりますね。

禅語が素晴らしい [教養]

「一花、春風に笑む(いっかしゅんぷうにえむ)」の禅語を知る。
寒い冬をへて、春風が南からやってくれば、自然に花が咲いてにっこり笑ってくれる。もっと言えば、厳しい冬の寒さの中で、健康を守り、黙々と自分らしい努力を続けていけば、自分の人生に、いつか必ず、光が差し込む。
のだって、偉いお坊さんの教えだろう。
もうひとつ、これは茶席の床の間に飾られる知っていると茶席で輝いてみられる。
「一花開天下春(いっかひらいててんかはる)」「一輪の花が開いて天下が春になる」という意味ですが、加えて、
一人の人間があらわれることで、世界が救われるという大きな意味が含まれています。
今日はなかなか教養のある話である。

ひとセミナー高杉晋作 [教養]

12日(土曜日)は、きらり山口ひとものがたりセミナーに参加しました。
今回は長州藩の歴史を動かした男たちの全3回で3回目は「高杉晋作」で、講師は毛利博物館顧問の小山良昌氏最終回でした。
最後を飾るのは山口(長州)が英雄である「高杉晋作」で締めました。この講座は人気があるので教室がいつもイッパイになる。勿論、予約制である。いつも思うので有りますが、ジジババ講座となっていて学生や若い勤め人がいないことです。長州の先人達は確かに偉い自慢してもいい、それは先人達の行いであって今の山口県民が全て先人と同じでは無いということ、先人の教えを知り如何に後世に伝えていくかが現代県民の役割である。だから、若い人で埋め尽くされる講座になって欲しいと思うのであります。
さて、今日の高杉晋作ですが短い、短すぎる人生であった。爪のアカでも煎じて飲みたいところですが居ないからそれは出来ない。せいぜい本でも読んで勉強することでいいのかな。
高杉晋作のような人物の出現を願っています。


河上徹太郎の世界ーその3 [教養]

昨日5日(土用日)は山口ひとものがたりセミナで「河上徹太郎と幕末の志士たち」で講師は岩国微古館長 松岡智訓 です。
伊勢には神宮徴古館が在るのはよく知ってますが、岩国に徴古館が在ることは知らなかった。講師の先生も知名度の低さを気にして宣伝をしてました。折角なのでその岩国に徴古館とは、1945年 (昭和20年) に完成した石造り風の重厚な建物です。正面玄関に並ぶ角柱や、錦帯橋をモチーフにしたと思われる内装デザインなどに際立つ特徴があります。戦時中の建築で、構造体はレンガ造りですが、資材にも制約がある中、不足する鉄に替えて竹を用いた「竹筋コンクリート」が使われたとも言われています。その時代を感じさせない設計はすばらしく、1998年 (平成10年) 1月には岩国市の登録有形文化財となっています。
だって岩国錦帯橋、岩国城を見学した時には是非立ち寄って頂くと「幸せます!」(山口弁)。
さて本題の講義内容は、幕末の志士たちで「赤禰武人(あかねたけと)」が主題であります。
赤禰武人(あかねたけと)とは、
天保9年1月13日(1838年2月7日) − 慶応2年1月25日(1866年3月11日))は幕末の長州藩士。奇兵隊の総管を務めた。別名、文平・幹之丞・貞一・柴屋和平。
である。例によって、山口県人の大好きな長州藩士であるから、此処はチトマイナー感じの人物ではあるが奇兵隊の総管であるから知っておかなければならない。
興味有るひとは、ネット検索をされると、幸せます。で河上徹太郎との係わりは、河上徹太郎が赤禰武人をどのように評価していたかを河上徹太郎の対話で紐解くものでした。
恥ずかしながら赤禰武人を知ったのは、この講座のおかけです。不勉強で猛省の連続です。

河上徹太郎の世界ーその2 [教養]

今日は山口ひとものがたりセミナで「河上徹太郎と小林秀雄」で講師はNPO法人宇野千代生家事務局長 西村宏 です。
郡司勝義の著書「小林秀雄の思い出」から二人の交友関係が「如水の交わり」であったを紐解く。
「君子の交わりは淡きこと水の若し。小人の交わりは甘きこと醴(れい)の若し。君子は淡くして以て親しみ、小人は甘くして以て絶つ。・・・」荘子。
という関係らしいが難しくて凡人には理解できないからどう言う意味か解いてもらうと
「君子の交際は水のように淡白だが、長い間親しみ続け、小人の交際は甘いためすぐに絶える」そうです。
それを郡司勝義さんの著書から読み解くのである。
二人の関係に中原中也と長谷川泰子という女性が加わるから複雑である。
90分の講義でしたが眠くならずに聞けました。
今回の講師さんが宇野千代さんと深く関わっているようですので宇野千代さんのことちと勉強してみましょ。
知らないことイッパイで、勉強しなければいけないこと沢山あります。
終わると外は雨が降ってました。

ひとセミナー周布政之助 [教養]

20日(土曜日)は、きらり山口ひとものがたりセミナーに参加しました。
今回は長州藩の歴史を動かした男たちの全3回で2回目は「天保の改革を行った周布政之助」で、
講師は毛利博物館顧問の小山良昌氏です。
周布政之助は、前回講演の村田清風の影響を受けて、吉田松蔭や松下村塾を支持し応援したことで山口県では人気のある人物です。今で言うキャリヤ組で藩内の昇進はトントン拍子で出世していきますが、部類の酒好きで数々の失敗をしているから面白い、例えば、土佐藩前藩主山内容堂に対し、酒に酔って暴言を吐いてしまったため、謹慎処分を受けました。本来ならば切腹ですが切腹させるには惜しいということで、名前を「麻田公輔」と改め事を修めたそうだ。1864年(元治元年)には、酒に酔った勢いで、投獄中の高杉晋作に会いに行き、再び謹慎処分を受けています。安政改革を推進し、人材登用、洋式軍事改革などを行った逸材だから許されたのでしょうか。
勉強になりました。

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